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名古屋高等裁判所 平成2年(行コ)12号 判決

愛知県犬山市大字上野字小巾七五番地

控訴人

鳥羽工研株式会社

右代表者代表取締役

傍島茂夫

右訴訟代理人弁護士

秋田光治

松本昌道

愛知県小牧市大字小牧字東浦一九五〇番地

被控訴人

小牧税務署長 松岡修

右指定代理人

大圖玲子

山下純

伊藤久男

松井運仁

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人が昭和六一年三月二八日付で控訴人の昭和五八年一一月一日から昭和五九年一〇月三一日までの事業年度の法人税についてした更正のうち所得金額七四〇〇万二〇七九円を超える部分及び右更正に伴う過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実欄第二に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。

一  控訴人の当審における新たな主張

1  本件更正が憲法八四条(租税法律主義の原則)に違反することについて

(一) 本件更正に法人税法三六条に基づくものであるところ、同条及びその委任を受けた法人税施行令七二条の規定内容はいずれも抽象的であって、具体的な課税基準を定めてはおらず、またこの点について、課税基準を客観的明確に定めた法令は他に存在しない。本件更正は、このように課税基準が明確に定められていない法令に基づいてされた課税処分があって、憲法八四条に違反し、無効な処分というべきである。

(二) また、法人からその退職役員に対して支給される退職給与額が過大であるか否かの判定については、その標準額の算定方式として、いわゆる最高功績倍率方式とか、平均功績倍率方式とか、さらには一年あたり平均額方式というような異なる方式が考えられるところ、課税の実務としてはこれらの方式が場当り的に適用されているのが実情のようである。そして、本件において、被控訴人は、被控訴人が恣意的に抽出した比較法人の関係資料に基づき、いわゆる平均功績倍率方式に依拠して一定の数値を算出し、この数値を基準とすることによって、控訴人から傍島慎朗に支給された退職給与の額が過大であると判定し、本件更正をなしたものである。このように本件更正は、課税権者の恣意的な方法による課税というべきであって、これが法令に基づく課税であるなどとはとうてい評価することができないから、本件更正は憲法八四条に違反し、無効である。

2  役員の在職期間の算定について

(一) 会社の営業部門の一部が当該会社から分離独立して別の会社(以下「分離会社」という。)となった場合で、しかも分離前の会社(以下「当初会社」という。)の役員が分離後も引き続き両会社の役員を兼任しているような場合において、分離会社の退職役員に対して支給される退職給与額の相当性をいわゆる功績倍率方式に従って審査・判定するに当たっては、当該退職役員の当初会社における役員在職期間をも通算して考慮すべきである。右のように考えるべき根拠は、分離会社は当初会社の営業部門の一部を継承したものであるから、分離会社の実質的資産等の中には、分離会社の役員がその分離前に当初会社の役員として在籍した期間中に当初会社の実質的資産等の増殖・形成に寄与・貢献したことによる実質的果実が当然に包蔵されているものと考えられるからである。

(二) 控訴人は、鳥羽工産株式会社(なお、その設立時期は昭和三三年九月)からその営業部門の一部である金型販売部門(ちなみに、鳥羽工産株式会社は、その設立時期から同部門の営業を継続してきた。)が昭和四九年九月に分離独立したことにより設立された会社であり、また傍島慎朗は、右鳥羽工産株式会社の創業者としてその設立依頼同会社の役員に在任し、控訴人が分離独立してからは控訴人の役員をも兼任していたものである。したがって、右(一)に述べた理由により、控訴人から傍島慎朗に対し支給される退職給与の額が相当であるか否かを評価・判断するに当たっては、傍島慎朗の前記鳥羽工産株式会社の役員在職期時(但し、前記分離前の期間に限る。)をも通算した二五年九か月を算定の基礎とすべきであり、そうすると、仮に被控訴人の主張するいわゆる平均功績倍率方式を採用し、功績倍率二・五、最終月額報酬五〇万円として算定するとしても、その退職給与額は三二一八万七五〇〇円となり、これが控訴人から現実に傍島慎朗に対し支給された退職給与の金額を超えることになる。それ故、控訴人から傍島慎朗に支給された退職給与の額は明らかに相当性の範囲内であるということができ、被控訴人のした本件更正は違法である。

二  被控訴人の、控訴人の主張1、2に対する認否

控訴人の主張1、2はいずれも争う。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審における訴訟記録中の証拠目録欄に記載されているとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべきものと判断する。そして、その理由は、次のとおり付加・訂正するほか原判決の理由欄に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決一四枚目表一〇行目の「各考慮要素」を「各要素」と、同一八枚裏七行目の「被告代表者」を「原審における控訴会社代表者」と、それぞれ改める。

2  控訴人の当審における主張1について(前記第二の一の1)

(一)  同(一)の主張について

なるほど、租税法律の原則は、国民の経済生活における法定安定性と予測可能性を保障するために、租税にかかわる法律の規定ができるだけ明確かつ細部にわたって定められていることを要求するものではあるけれども、他面租税は、複雑多様な経済事象に対応して的確に課税の目的を果たすこと等の要請にも応じなければならないから、租税法規が租税法律主義の原則に背馳するか否かの判断・解釈はこれら異なる二つの要請をふまえて総合的にされなければならない。

したがって、当該租税法規が単に抽象的であるとか、細部まできめられていないというだけでただちに租税法律主義に反するものということはできず、右のような判断の原則に則り当該法規の目的とするところを合理的に解釈し、その法規が課税の根拠・要件を規定したものとして一般的に是認できるものであれば、当該租税法規は租税法律主義に反しないものというべきである。

そこで、右の見地に基づいて法人役員の退職給与額に関する法人税法の規定について考えてみると、いわゆる過大な役員退職給与の損金不算入を定めた同法三六条の委任を受けた同法施行令七二条は、〈1〉当該役員の業務に従事した期間、〈2〉その退職の事情、〈3〉事業規模の類似する他の法人の役員に対する職員給与の支給状況等を考慮して退職給与の相当性を判断すべきものと規定しているところ、およそ、法人から退職役員に対して支給される具体的な退職給与額はその個別的事情により異なり得るもであるから、あらゆる場合を想定して相当額の範囲等を明確かつ一義的に規定することは到底不可能なことといわなければならないのであって、このような観点からすれば、右施行令七二条の規定は退職給与額の相当性判断の基準について首肯できる程度に具体的、客観的に定めているということができ、租税法律主義に関する前記説示の趣旨に照らしても、是認できるものであるから、右法人税法の規定に基づく課税をもって、憲法八四条に反するということはできない。

したがって、控訴人の右主張(一)は理由がない。

(二)  同(二)の主張について

被控訴人が、本件更正において採用した平均功績倍率方式は前記法規の趣旨に沿うものであり、かつ最も合理的な方式というべきであること、本件更正が適正、妥当に行われたものであることはすでに説示したとおりであるから(原判決一三枚目裏七行目以下)、控訴人の右主張(二)も理由がない。

3  同主張2について(前記第二の一の2)

(一)  同(一)の主張について

当初会社の一営業部門が独立して分離会社が設立された場合であっても、(ちなみに、本件においては、控訴人が鳥羽工産株式会社から分離独立した法律的な態様は必ずしも証拠上明らかではないが、その法律上の態様の如何にかかわらず。)分離会社はその設立とともに、法律上当初会社とは全く別個の法人となることは当然のことであるところ、控訴人の主張はこの事理を無視するものであり、独自の見解であって到底採用できない。

(二)  同(二)の主張について

右主張は、前記(一)の主張の理由があることを前提とするものであるところ、これが理由がないことは右に述べたとおりであるから、その余の点をみるまでもなく理由がない。

二  よって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 服部昌明 裁判官 林輝 裁判官 鈴木敏之)

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